達磨忌

禅宗を中国に伝えた「菩提達磨大師」の命日10月5日に行われる法要である。達磨大師は南インドの王子にうまれ、二十七祖般若多羅尊者の法を嗣いで二十八祖となった。のち今の広東省広州に上陸した達磨は武帝に迎えられ、金陵(南京)で対面する。
機縁のかなわなかった達磨は、長江(揚子江)を蘆葉に乗って渡り、中国五岳の一つである少林寺に寓した。ここでは専ら面壁打坐して、面壁九年、壁観婆羅門の称をえたといわれる。少林寺の後方山腹にある達磨洞がその遺跡と伝えられる。

536年10月5日150歳で遷化、熊耳山に葬り、塔を定林寺に建てた。
後、隻履の達磨の伝説が生まれる。
隻履の達磨の伝説は、東魏使宋雲が葱嶺(パミール高原〕で隻履を携えて西に向う達磨に遇ったという、驚いて龕を開いてみると、隻履が残っていたといわれる。
滅後、円覚大師の号を勅謚された。
示寂に際し梁の武帝は碑銘を撰したといわれ、昭明太子は祭文を残し.唐の代宗から円覚大師の諡号を賜っている。

法要は一般の参詣者の前で、「九拝式」という作法で行われる。