開山堂

平成12年11月1日更新
 玉鳳院に隣接して、妙心寺最古の建造物である。さらに、山内で一番の聖地でもある。
室町初期の古建築であるが、天文6年(1537)東福寺より移築されたものである。
内部は敷瓦の土間になっており、僧侶でも垂示式の時しか入ったことがないという、特別の建物である。堂の背後に開山像を安置する昭堂があり、その間、階段と仏壇を設けた拝所、すなわち合いの間で連結されている。階段を上がり、昭堂の中にはいると、正面に開山大師の木像が安置してある。

風水泉
開山大師が遷化(死去)されのは、この井戸の傍らだった。弟子の授翁に遺言をなし、立ったままで遷化された。 奥に見えるのが、雲祥院霊屋です。豊臣秀吉の長男鶴丸松(棄丸)の霊廟です。秀吉は妙心寺で長男の葬儀を行い霊屋を建てました。法名は雲祥院殿玉巌麟公神童といいます。
東山の今の智積院の地に雲祥寺を建て、棄丸像を安置しました。徳川家康が天下を取ると、豊国神社を取り壊し、豊臣家にゆかりのある物は破却されました。(高台寺(北政所の寺)などの例外あり)土地は智積院に与えられました。
南化和尚の没後、その経営にあたっていた海山は木像を負って隣華院に持ち帰り、妙心寺に伝えられている。この他にも棄丸ゆかりの品は多い。