平成12年11月13日更新

玉鳳院
花園法皇の離宮を改めて妙心寺としたとき、関山慧玄に参禅する場所として建てられた建物である。


龍泉派

寺院名 開山 開基 創建 備考
龍泉庵 景川宗隆   1481 長谷川等伯筆「枯木猿猴図」(重文)
春浦院 空山宗空 永井尚主 1628 「福富草紙」(重文)
春光院 猷山景嘉 堀尾吉晴 1590 堀尾家断絶ののち石川家が檀越となる。
張平山筆「東方朔奪桃図」イエズス会
「南蛮寺鐘」(各重文)
光国院 梁南禅棟 松平忠隆 1620 徳源寺の宿院
玉龍院 大川紹為 生駒一正 1598 生駒家の廟がある
通玄院 虚櫺了廓 寺西信之 1579 「一切経」の写経道場
仙寿院 禿翁妙宏 後水尾天皇 1652 元・幡枝の菩提院
天祥院 乳峯義元 松平忠弘 1645 明治19年土蔵と門を除いて消失
昭和51年本堂を再建
大心院 景川宗隆 細川政元 1492 細川幽斎、蒲生家の援助。
「羅漢図」(重文)
大法院 淡道宗廉 千種有能 1625 真田信之の菩提寺


東海派

寺院名 開山 開基 創建 備考
東海庵 悟渓宗頓   1484 狩野元信筆「瀟湘八景図」・
「孝明天皇宸翰」
「十六羅漢」・陳子和筆「花鳥図」
(各重文)
天授院 授翁宗弼   1380 専門道場
藤原宣房筆「法華経比喩品」(重文)
天球院 江山景巴 池田光政 1631 方丈は重文、池田家の菩提所。
狩野山楽・山雪筆障壁画。
藤原宣房筆「法華陀羅尼品」各重文
金牛院 環陵   1650 明治まで北門の外にあった。
金台寺 輝岳宗敦 正親町天皇
豊臣秀吉
1576 朱印百石
養徳院 功沢宗勲 石川光重 1583 元小方丈の北にあった。
雑華院 一宇東黙 牧村利貞 1583 利貞は斉藤伊予守の子、
利休七哲の一人
海福院 夬室智文 福島正則 1616 曽我蕭白筆「福島正則画像」
蟠桃院 一宇東黙 前田玄以 1601 玄関は聚楽第より移転。一宇の弟子雲居が
伊達政宗の帰依を受け、松島瑞巌寺を建てる。
雲祥院 海山元珠 千坂宗策
長岡是庸
1598 上杉景勝の家臣千坂氏の創建による。
諸説あり。
隣華院 南化玄興 脇坂安治 1599 豊臣秀吉の帰依を受け、豊臣棄丸座像
長谷川等伯筆障壁画、各重文
麟祥院 碧翁愚完 春日局 1633 春日局の霊屋は内裏庭園内の御亭、
後水尾天皇より拝領した釣殿の各説あり。
智勝院 単伝士印 稲葉貞通 1597 春日局の帰依を受けた単伝は、「紫衣事件」に
連座し出羽本庄藩に配流された。
大通院 南化玄興 一柳直末 1586 二世は山内一豊の子で、山内家の菩提所
大雄院 慧南玄譲 石川光忠 1603 方丈襖絵は柴田是真筆
桂春院 水庵宗掬 津田秀則 1598 「無明慧性墨跡」重文
福寿院 龍天宗登 水野忠清 1619  水野家の菩提寺
大珠院 興宗宗松 石川光吉 1493 当初洛中にあったものを、現在の地に移した。
慈雲院 湛月紹円 橘屋新兵衛 1653 池田信輝と母堂の墓地がある


霊雲派

寺院名 開山 開基 創建 備考
霊雲院 特芳禅傑
大休宗休
  1526 狩野元信筆障壁画(重文)
庭園「縮小式蓬莱枯山水」
「後奈良天皇宸翰」(重文)
退蔵院 無因宗因 波多野重通 1404 如拙筆「瓢鮎図」(国宝)
「花園天皇宸翰」(重文)
後奈良天皇宸翰」(重文)・
退蔵院庭園(拝観可)
養源院 日峰宗舜 細川持之 1448 雪江宗震が再興した
如是院 義天玄詔 奥平貞澄 1462 昭32に現在地へ移転
衡梅院 雪江宗深 細川政元 1469 方丈(重文)
徳雲院 大休宗休 遠江守勝益 1506  元は大庫裏の地にあった。
大龍院 鉄山宗鈍 中村忠一 1606  元北門の外にあった。
寿聖院 伯蒲慧稜 石田三成 1599 関ヶ原合戦の前年、父正継の
菩提所として建立、三世は三成の子
重家である。石田一族供養塔
多福院 鉄船宗熈   1482  特芳禅傑が鉄船のために創建
西源院 特芳禅傑 細川政元 1489 細川勝元が徳大寺家より地を得て
創建したともいう。
霊光院 月航玄津 信長の妹 1582 お犬の方を供養する。 
龍華院 竺印祖門 毛利秀就 1656 学僧無著道忠
東林院 直指宗諤 山名豊国 1556 沙羅の寺として名高い
龍安寺 義天玄詔 細川勝元 1450 石庭で名高い、「太平記」重文


聖沢派

寺院名 開山 開基 創建 備考
聖沢院 東陽英朝
天蔭徳樹
   1523 「摩利支天像」(重文)
長慶院 東漸宗震 木下家定 1600 門は伏見城の東門である
慧照院 瑞雲宗呈 松平忠昌 1623 丸太町通の拡張により寺域が
狭隘になった。
長興院 九天宗瑞 滝川一益 1581 津田秀政が中興